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善悪の根源

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前回の記事で、善悪の区別を
的確にして善を選ぶことが、
幸福を得るためには大切だと
述べましたが、

今回は善悪そのものについて
考えたいと思います。

日本のような先進国では、
選択肢が多い生活が送れることを、
これも前回で述べましたが、

選択肢が多くなるとその分、
善悪の判断が難しくなると思われます。

何が善で?何が悪か?

時々分らなくなってしまう事が、
あると思います。

旧約聖書でイザヤと云う預言者は、

「わざわいなるかな、彼らは、
悪を呼んで善といい、善を呼んで悪といい、
暗きを光とし、光を暗しとし、
苦きを甘しとし、甘きを苦しとする。」

(旧約聖書イザヤ書5章20節)

と述べています。

このことは、要するに簡単に要約すると
現代の社会では、善悪が混同してしまって
善悪を人々が逆さまに呼んでしまう事が
が起こるという事と、

善悪が分りにくくなってしまうことを
述べています。

私が、このブログで云う善悪の基準は
幸福を得るための善悪であって、
他の基準では、ありません。

つまり、

人間の魂(霊)を進歩成長させる事が、
善であり、魂(霊)を退歩衰退させる事が、
悪という事になります。

もし貴方が、自分の魂(霊)より、
ほかの事に執着したりすると、
その目的は達しても、段々魂(霊)が
退歩衰退して、苦しくなって来ます。

世間一般的には、お金や異性、地位名誉などが
その執着物に上げられると思います。

魂(霊)を進歩向上させる事、
魂(霊)を退歩衰退させる事とは、
どういうことでしょうか?

宗教的概念から述べると、
アダムとエバが、神の云いつけに背き、
禁断の実(善悪を知る木の実)を
食べた事によって、この世に善悪が、
生じる事になったと思われます。

語源から、述べると、

God(神)からgood(良い)、
Devil(悪魔)からevil(悪い)が
生じたように、

私たちの心の中の気持ちは、
神から来ているか、悪魔から来ているか、
はたまた、自分の個人的な気持ちなのか、

この三通りに分類され、
神から来ている気持ちに従うときに
私たちは、本当の幸福を得ることが
出来ます。
(自分自身の気持ちを、神から認められたときは、
自分自身の気持ちでもいい)
そのため、日々自分の内面を、観察し、
どういう事すれば、自分の内面に光が
さすのか?、

どういう事をすれば、自分の内面が、
暗くなるのか?

を、日々を見失わないようにする
という事が、大切だと思います。

何が善で?何が悪か?

結論ですが、

究極的な善は、神に近づくことであり
悪は神から、遠ざかる事という事に
なります。

常日頃から、神ならどうなさるのか、
神ならどういう見方をされるのかを、
考慮しながら生活する事によって、
善悪の判断レベルが上がってくる
のではないかと思います。

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