本当の幸福

真自由とは

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私は末日聖徒イエス・キリスト教会員となって
今年で35年になるのですが、時折教会員でない
方から教会員になれば、いろんな戒律があり

それに縛られる事になるので、自由が奪われる
のではないか?と聞かれることがあります。

確かにそうです。教会員となれば、守らなければ
ならない、戒律があり、お酒やタバコはもちろん
末日聖徒の教会員は、お茶や、紅茶、コーヒーも
摂取する事は、戒められています。

日曜日は、安息日と云って、神を礼拝する日なので
教会に集わなければならず、一般のレジャーや
買い物も原則的には、出来ません。

確かに、教会の教義や原則を理解すれば理解するほど
自分自身を戒める事が多くなり、ある見方によっては
自由が奪われる事になるかもしれません。

ただ教会の戒めを守ることによって、得られる自由
と云うものがあり、私はその自由が真の自由だと
思っています。

それは、どんな自由かといいますと、まあいくつか
あると思いますが、その一つは、精神的な自由が
上げられます。

精神的な自由、つまり自分の精神状態、心の状態が
良好な状態、良くない気持ちから解放されることです。

私は、前に紹介した、自分の内面、自分の心の状態を
日々の生活のなかで観察するように努めているのですが、

何年か前は、自分の気持ちを書き出して、このまま
ずっと感じ続けていたい気持ちと、無くなってほしい気持ちを
ノートの真ん中に線を引き、右に無くなってほしい気持ち
左に感じ続けたい気持ちを記入していました。

つまり、左側に記入するような気持ちは、楽しいとか
嬉しい、感謝の気持ち、喜びとか、充実感、清々しさ、
明るさ、光、幸福感といった言葉なのに対し

右側に記入するような気持ちは、イライラした気持ち
焦燥感、憤り、怒り、恥かしさ、倦怠感、痛み、傷心
等の言葉が記入されたように思います。

皆さんは、どちらの気持ちを日々感じていたいですか?
ほとんどの方は、左の方だと思います。

私たち教会員は、左側の気持ちを増やして、右側の
気持ちを減らすために、戒律を守っているのです。

つまり、自由だ自由だと云って、自分を律する事を
怠って、不摂生をやり続けていると、いつかは病気に
なったりしてその病気からくる苦痛に縛られる事に
なったりします。

自分自身を律する事をしないで好き放題していると
悪い習慣にしばられ、その結果良くない気持ちに
縛られる事になるのです。

ですから、私たちは幸せ、真の自由を得ようとすれば
自分自身の自己管理能力を高めるため、自分を
律して自分自身に打ち勝つ必要があるのです。

-本当の幸福

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